1900-03-01から1ヶ月間の記事一覧

パパが死んだ日

「おい、ジェニファー。お前まだサンタなんて信じてるのかい?」 クラスの友達は、みんなアタシをバカにした。サンタなんかいないって。アタシは大好きなパパに聞いたの。「サンタはいるんだよね?」って。 「ジェニファー、サンタは信じる人の所にだけやっ…

おててつないで

使われなくなったトンネルは、入り口も出口も封鎖されたりするらしい。どっちが入り口でどっちが出口か、って話だが。 ある年の夏、蒸し暑い深夜、短大生の女の子三人組がドライブをしていると、そういうトンネルに出くわした。女の子三人組は車から降り、物…

鉄塔の男

「いいかい? 人間はいついかなるときでも、頑張って頑張って、頑張りぬかないといけないんだよ」 それが父親の口癖だった。来年小学生になる娘は、幼いながらも「がんばるのはいいことだ」と考えていた。 親子が住む家の窓からは、大きな鉄塔が見えた。空の…

星空と海と羊

星空の下、二匹のひつじが安らかに、眠るようにじっとしています。一匹のひつじは情熱を備え、もう一匹のひつじは寛容さを備えています。 ある日、情熱のひつじはこう言いました。 「ねえ! ちょっと旅にでも出てみましょうよ」 寛容のひつじは食んでいた草…

しとしとと降る雨が大好きな男の子がいる。男の子はいつも部屋の中から、雨に濡れる庭の様子を座椅子に座って見ている。座椅子はもうぼろぼろだ。それに気づいた母親は、ホームセンターに行って新しい座椅子を買ってきてあげる。男の子はとても喜び、そのと…

彼が幼稚園に通っていたころ、こんなことを言った。 「お遊戯なんて子供だましで馬鹿らしい」 そのころから彼は、父親である私にもよくわからない人間だった。いつ喜び、いつ怒り、いつ悲しんで、いつ満足しているのか。小学校に入ってから、彼は家族以外の…

行方不明の森

深い深い森へ入った。腰まである草むらをかきわけて進み、岩盤の上を歩き、また腰まである草むらを歩く。しばらくしてひらけた場所に出ると、その一画は、周りを広葉樹で囲まれた広場のようになっていた。頭上には緑色の葉が生い茂っていて、その隙間からは…

捏造

『というわけで、今度の日曜午後六時、あなたの母校の体育館裏に来てください 』 そんな手紙を受け取ったのは、火曜日の夕方のことだった。あたしは今大学生で、家族と離れ一人暮らしをしている。この手紙のいう「母校」とは、たぶんあたしが通っていた高校…

2500の流星

その日、森に流星が墜ちた。狐の鳴き声を聞いた。 目が醒めて奇妙に思った。子供のころ読んだマンガを思い出す。テレビをつけてみた、電話をかけてみた、そしてあたしは確信した。 「世界から人が消えた」 でも…… でも、まあいいか。 あたしには普段から愛し…

横顔のピアニスト

「久美、いい? Gの和音はここに手をおくのよ」 ママはそう教えてくれた。 ママは綺麗だった。裕福な家庭のお嬢様だったらしい。パパと結婚したのは二十歳のころで、そのころのママが道を歩くと、人が振り返るほどだった。 良家のお嬢様といえば、どこか世…

三日月の憂鬱

あたしの部屋の窓にはカーテンが無いのだけれど、雲が、雲が太陽を隠してくれるのでいらないのだと思った。 どうしてなのだろう? この国はいつも曇り。たまに晴れたかと思うと、人々は一斉にカーテンを閉め、家から出てこようとはしない。 あたしは最初、み…

ハニー

ピン……ポン ピンとポンが鳴るとき、適切な日本語ではないが、二つの音と音との間には「間(ま)」がある。字面から想像して、この音が例えば玄関のチャイムだと想像した人も多いことだろう。だがそうではない。これは同級生の久美の、携帯電話の着信音なのだ…

ひとことで言うと

「ひとことで言うと、ビールにもちゃんと注ぎかたってものがあるのよ」 彼女はそう言って、三百五十ミリリットルのビール缶を高く掲げた。テーブルの上にはグラスがあり、遥か上のビール缶から、金色の液体が派手な音を立てて注がれている。 「泡ばかりじゃ…