2500の流星

 その日、森に流星が墜ちた。狐の鳴き声を聞いた。
 目が醒めて奇妙に思った。子供のころ読んだマンガを思い出す。テレビをつけてみた、電話をかけてみた、そしてあたしは確信した。
「世界から人が消えた」
 でも…… でも、まあいいか。
 あたしには普段から愛している散歩道があって、その魅力は「人の気配を感じさせない」ってことだったりするのだけれど、今日は特別な日になるのかしら。あるいはいつも通り? あたしは森に続く道を歩いてみることにした。
 近くの店で頂戴した魚肉ソーセージを噛りながらブラブラと歩く。いつも通り誰もいない。この道は人の気配を感じさせない。けれども、もう世界のどこへ行ってもこうなのだと思うと、なぜだか涙が溢れてきた。
 うつむきながら歩くあたしの左後ろから、一羽のアゲハ蝶が現れた。彼があたしの前を横切り右側に位置したとき、向こうから歩いてくる一人のおじいさんを見つけた。どこからともなくもう一羽のアゲハ蝶が現れ、彼女は先ほどの彼とじゃれあっている。あたしに残されたのはおじいさん、か……。
 おじいさんはあたしと目が合うと、「あ、もう一人いたのね」というような顔をした。たぶんあたしもそんな顔をした。だから二人は苦笑しあうことになった。
「どうだね? おじいさんとお話でもするかい?」
「別にいいわよ」
「人が消えてしまったねえ」
「そうですね」
「キミはほら、こう、絶望したりしないのかい?」
「まだ、よくわからないんです。いつもとかわらないような……」
「おやおや、まだ若いのに」
「おじいさんこそ、飄飄としてますけど?」
「ふふ。ボクにとって、世界から人が消えたのは五十年前の出来事なんだよ」
「と、いうと?」
「キミはまだ若いから知らないだろうけど、五十年前にも今日みたいなことが起こったんだ。流星が墜ちてね」
「うそ? そんな話聞いたことも…」
「ははは、それはそうだろう。なにしろ消えたのは一人だけだったからな。ボクの好きな人。ボクにとって世界から人が消えたのは、五十年前のその日だよ。だから昨日も今日も変わらない」
「ああ、そういうものかしらね」
「そういうもんだよ」
 おじいさんはお茶をいれた水筒を持って来ていて、二人のお喋りは、そのお茶がなくなるころに終わった。最後におじいさんは「キミも狐の鳴き声を聞いたかい?」と嬉しそうに言い、森へ向かった。
 その日の夜。あの森に、再び流星が墜ちた。あたしは部屋の窓際に腰掛けていて、世界に人々が戻ってくるのを感じていた。甦る喧騒の巷。微かに森から聞こえてきたのは二匹の狐がじゃれあう鳴き声で、あたしが微笑みながら窓を閉めたとき、玄関のチャイムが鳴った。