ハニー

 ピン……ポン
 ピンとポンが鳴るとき、適切な日本語ではないが、二つの音と音との間には「間(ま)」がある。字面から想像して、この音が例えば玄関のチャイムだと想像した人も多いことだろう。だがそうではない。これは同級生の久美の、携帯電話の着信音なのだった。最初は「変わった着信音だな」としか思わなかった僕だけど、次第にこの音と、久美そのものに惹きこまれていった。
 僕は携帯が鳴ったときの久美の様子を見るのが病的に好きだった。携帯が鳴ったとき、彼女はピンの音で体をこわばらせる。そしてこわばった体は、間をおいたあとのポンで美しく脱力するのだった。僕は彼女の携帯が鳴るたびに、それこそ条件反射のような速さで彼女を凝視した。あ、また今も鳴った。ピン、で彼女は硬直し、ポンで解き放たれる。
 ある夜、僕は携帯の着信音を変える決意をする。この特殊な着信音を、インターネットからダウンロードして手に入れる。自分から自分にメールを送り、何度か確認してみる。携帯からは久美のと同じ、ピン……ポンという音が聞こえる。
 次の日、僕はなるだけ久美の近くにいるようにした。そして昼休みに、パンを食べる久美の近くで、ついに僕の携帯が鳴った。
「ピン……ポン」
 久美の体がこわばる。そしてその一瞬あとに、彼女の体は弛緩する。彼女は僕をじっと見つめる。僕と目が合うとにやりと笑う。
「あなたもこの音に惹かれるの?」
 僕はこの音自体には惹かれない。この音に身をよじる久美に惹かれているのだ。こわばったあと開放される久美の体を見たかっただけ。でもそんな正直な気持ちは言えない。だから僕は嘘をつく。
「うん、この音が好きなんだ」
 嘘をついた瞬間に、僕の携帯がまた鳴った。僕はびっくりして、思わず体をこわばらせてしまう。ピンとポンの間に。そんな僕を見て、久美はもう一度にやりと笑う。
 この日から、僕の体はピンとポンの間に反応するようになってしまった。彼女と全く一緒だ。夜寝ているときでも、ピンとポンが鳴る夢を見ることがあるくらいだ。たぶん僕の体は、寝ているときでもこわばったり開放されたりしているのだろう。
 正直に言おう。僕は今まで久美の虜だった。けれども今はもう彼女に興味がない。僕は今、ピンとポンの虜だ。あの音と音との間の空白に、僕はいつも体をよじらせる。いつもいつも、携帯が鳴ることを期待している。あ、またメールが来た。切ないタイミングで、ピン…ポン。
 そんな僕の様子を久美はじっと見ている。形のよい薄いくちびるを弓状に曲げ、八重歯を覗かせながらじっと見ている。