三日月の憂鬱

 あたしの部屋の窓にはカーテンが無いのだけれど、雲が、雲が太陽を隠してくれるのでいらないのだと思った。
 どうしてなのだろう? この国はいつも曇り。たまに晴れたかと思うと、人々は一斉にカーテンを閉め、家から出てこようとはしない。
 あたしは最初、みんな曇り空が好きなのかな? と思った。けれども曇り空の下、街を歩く人々の表情は一様に憂鬱そうで、心にまで雲が入り込んでいるようだった。
「だったら晴れの日に外に出ればいいのに」
 いつもそう思っていた。
 ある晴れた日。あたしは外に出てみた。今までは、みんなに倣って大人しくしていたのだけれど。
 太陽の光を全身に浴びる。そして歩きだした。普段、しっとりとしたこげ茶色に見える地面は赤茶けた色で、カラカラに渇ききっているのがわかる。風が吹けば細かな砂塵が舞い上がり、いつも重たいと思っていた空気も、渇いていたのがわかる。
 しばらく歩くと、一軒の家のドアが開くのが見えた。出てきたのはまだ年端もいかない少女で、その左手に握られた銃に興味を持ったあたしは「どこに行くの?」と聞いてみた。
「人を撃ってくるの。ただ撃ってくるの、それだけ」
 あたしは彼女の気持ちがわかったようなわからなかったような。ただ、ニッコリと嬉しそうに笑う少女を見て、この国で人の笑顔を見るのは初めてだな、と思った。
「ずいぶんと楽しそうに笑うわね!」
「そう? そうかな、でも銃を撃つときは逆に怒りを爆発させるのよ。それにおねえさんもずいぶんと楽しそうじゃない! 太陽のせいかしら?」
 あたしはこの子に死んで欲しくない、と思った。この子が死んだら悲しいもの。そういえば「悲しい」と思うのも、この国では初めてだった。
「おねえさんも曇りのほうが、好き? 安心する? それって楽しい?」
 あたしがドギマギして口ごもっていると、「じゃあ先に行くね、目印は……だから!」と、少女は駆け出していった。
 夜が射してきた。
 辺りのカーテンが一斉に開き、ぞろぞろと人が出てきた。みんな暗くなった空を見上げ、一様に安堵の表情を見せた。人々は意思があるのかないのか、笑ってるのか怒ってるのか、喜んでるのか悲しんでるのか。あたしにはもうわからない。無表情の集団が流れ出す。途端にあたりの空気は重くなり、足元はぬかるんだ。
「晴れの日の英雄か……」
 あたしはそう独りごちると、少女が駆け出していった方向の空を見上げた。
「目印は『三日月の涙』だから!」
 アレか……。あたしは宵の明星を目印に定め、少女の笑顔を思い出していた。