ぼくのだいじなにっき

 ぼくは先日、インターネットの通販サイトで個人用のロッカーを買った。自分の部屋で使うためだ。幅23センチ、奥行き35センチ、高さ36センチの、ダイヤル施錠式のロッカーだ。ぼくは早速そのロッカーの中に大事なものを入れ、ダイヤルで鍵をかけた。これでひと安心だ。
 次の日、仕事から帰ってくると母が言った。
「こないだあんたに届いた荷物、やけに重くて大きかったけど、あのロッカーかね」
「そうだよ」
「あんな鍵のついたロッカーを部屋に置いてると、泥棒に持ってかれるよ。目立つし。ただでさえ日中窓開けっ放しの田舎の家なんだから」
「大丈夫。金目のものは入ってないから」
 ぼくは確かにロッカーに、大事なものを入れた。でもそれは、現金や通帳などの金目のものではない。僕が入れたのは日記だ。
 書いたり書かなかったり、ウェブに書いてみたりと、途切れ途切れの日記だけど、それでも約10年分くらいの、紙の日記がある。その日記の内容といえば、まあひどいものだ。ぼくはウェブに、人に公開される形の日記も書くけど、そんなウェブ日記よりもひどい内容だ。例えば…… というような一例も出せないくらいひどい。
 そのような紙の日記を、これまでは本棚の奥に隠していた。でも、いつまでもそのような隠し方ではやばいと思っていた。何しろ母は油断のならない人物であるし、良識というものを持ち合わせていない。もし何かのきっかけでぼくの日記を見つけたら、きっと貪り読むだろう。
 確かに部屋の中に鍵付きのロッカーがデンと鎮座していれば、泥棒の目につくだろう。でも、どこの誰ともしれない泥棒にこのロッカーを盗まれ、こじ開けられて日記を見られるとしても、それはまあ仕方ないと思っていた。泥棒がこの面白い(ある意味)日記を読んだとしても、きっとその先ぼくと関わることはないのだから。
 ただ、たとえロッカーを盗まれたとしても、できればその泥棒さんには返してもらいたい。泥棒さんにしてみれば何の価値もない人の日記だ。効果があるかどうかはわからないけど、ぼくはロッカーの中にある仕掛けをしておいた。
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 台風が歴史的な進路を取った夏が過ぎ、新車に乗り換えた秋が過ぎ去ったころ、ロッカーはどうやら本当に泥棒に盗まれた。夏や秋には無事で、家のドアや窓をしっかりと閉じるようになった冬のはじめに盗まれた。そういうものかもしれない。
 ぼくがロッカーに施した仕掛け、それは泥棒さんに宛てた手紙だ。以下のような内容になる。
「このロッカーを盗んだ人へ。見ての通り、金目のものは何も入っていません。このロッカーにあるものは、私の日記のみです。読んだのならわかるでしょうがひどい日記で、家族から隠すためにこのロッカーを使っていました。もしあなたが、この日記を私に返してくれるというのなら、私にはお礼をする用意があります。10万円。現金でも振り込みでも対応します。あなたが私に日記を郵送で送ってくれて、そこに口座番号を書いたメモを添えてくれてもいい。返信先の住所を書いた現金書留を同封してくれてもいい。ぜひ、お願いします。どのようなことがあっても、ロッカーが盗まれたことを警察に知らせることはありません。その点は安心してください」
 果たして1ヶ月ほど経ったある日、ぼくに小包が届いた。そこには10年分の日記があり、また、口座番号の書かれたメモがあり、そのメモにはこう書かれていた。
「日記はそのままお返しします。10万円、お願いします」
 誰がお前なんかに10万円やるかい。人の日記を盗みやがって。
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 やっぱりね、そういうことだろうと思ったよ。あいつに日記を送り返して3ヶ月、そろそろ暖かくなってきたというのに、金なんていっさい振り込まれない。まあそうだろうな。まさか泥棒の方から「金くれよ」って登場するわけないって、そう思うもんな。ふつうは。でもまあ、ちょっと考えが浅はかかもしれないよ。
 わたしは10年分の彼の日記のコピーをまとめはじめた。ほんとは製本でもしたいところだけど、そうか、製本ね。製本してやろうか。ネットで申し込みできるね。ククク。手書き日記をそのまま製本。10年分。あとはメモも書かないとね。
「10万円が振り込まれないので、あなたの日記を製本してみました。そのうち1冊を送ってみます。わたしの手元には、10年分コンプリートしてあります。もしこの日記を、あなたではない誰かに郵送されたくなかったら、1週間以内に100万円振り込んでください。念のため、口座番号をもう一度お知らせしておきます。では」
 こんな感じでいいか。ふふ。まさかあの子の部屋で、ロッカーの鍵をこじ開けて中身を見るわけにはいかなかったもんね。