なんでも入れ

 僕の部屋には「なんでも入れ」というものがある。「なんでも入れ」は、縦三十センチ、横四十センチ、深さ十センチほどのカゴだ。捨てるかどうか即座に判断できないモノ、しばらくは置いておきたいものなどを一旦入れておく。具体的には、フリーペーパー、気になった新聞の広告、領収書の類い、お店からのダイレクトメールなど。それらのモノたちは、なんでも入れの中で一定の期間を経たあと、やはり用無しだったということで、大抵は捨てられる。
 そんななんでも入れに、昨年末からずっと存在しているものがある。それは、今年二〇一四年のカレンダー。十五センチ四方くらいのよくある卓上カレンダーなのだけど、昨年十二月上旬に、唐突に郵送で送られてきた。送り主の記載はなし。開けてみると、企業が販売促進で配っていそうな卓上カレンダーなのだが、何のデザインもされていない。真っ白な厚紙に、必要最低限の数字と色で作られたシンプルなカレンダーだ。送り主もわからない、シンプルで素敵なカレンダー。僕の生活に卓上カレンダーは必要ないのだが、捨てるには惜しい気がして、ずっとなんでも入れの中に存在している。
 僕に使い道がないなら、誰かにプレゼントできたらいいんだけど。そんなふうに思った。良い感じのカレンダーを唐突にプレゼントすることは、案外素敵なことだということを僕は知っている。昔、僕は和風なカレンダーを、女の子にプレゼントしたことがあった。その女の子とは今でも付き合いがあり、月に一度、彼女の家に遊びに行く。彼女は恋人というわけでない。友達という感じでもない。
 そうだ、このカレンダーは彼女にあげよう、と思った。以前カレンダーをプレゼントしたのは、彼女が職場を退職するときだった。僕はカレンダーを色紙のように使ってメッセージを記し、自分の連絡先をそえた。そのことが今の関係に続いている。
 月に一度、彼女の家に遊びに行く日。僕はカレンダーを持って、クルマで出かけた。彼女はたこ焼きの用意をしていて、僕たちはふたりこたつに入り、たこ焼き機で焼きながら食べた。そのあといつものようにゲームをし、彼女が飼っている二匹の猫を愛で、たくさん話し、楽器を弾いたりした。僕はいつも昼の一時くらいに彼女の家に行き、夜の九時くらいに帰る。でもその日は、彼女に用事があるということで、夕方六時には切り上げた。
「どこでもいいから、駅まで送っていってほしいんだけど」
 彼女は僕にそう言い、出かける支度をした。僕はカレンダーのことを思い出した。
「そう言えば、これ」と言って彼女に手渡す。
「カレンダーなんだ。びっくりするくらいシンプルな」
 彼女はそのカレンダーをじっと見つめたあと「ありがとう」と言った。彼女を乗せて、クルマは走り出す。
「どこでもいいから駅まで。そして自分でクルマを運転するわけにはいかない。ということは、このあとお酒を飲むのかな」
「そうね」
 いつもより早い帰り道。土曜日の夕方は、道が結構混んでいた。僕は、帰り道の途中にある駅までクルマを走らせ、駅の近くでハザートランプをつけてクルマを停めた。
「ここでいい?」
「うん」
 彼女は助手席から降りたあと、しばらくドアを閉めずに、こちらをずっと見つめていた。
「あのカレンダーなんだけどさ、わたしが送ったのものだよ」
 彼女はひとことそう言うと、駅に向かって颯爽と歩いていった。
 彼女を下ろしたあと、僕は繁華街から幹線道路を通り、田舎にある自分の家に向かってクルマを走らせた。いつもはラジオを聞くか、音楽を聴きながらクルマを運転している。でも、どちらの音も聞きたくない感じがした。しいて言えば外の音を聞きたかった。
 あのカレンダーは、長いあいだ「なんでも入れ」に入っていた。必要なのか、必要でないのか、よくわからないものを一定期間入れておくあのカゴに。僕は彼女にカレンダーを返してもらおうと思った。そして僕の部屋の真っ白な壁に、あのカレンダーを貼ろうと思った。
 外の音を聞きたい。だけど、窓を全開にしてクルマを走らせるには、まだ寒い季節だった。