肉食系女子

「俺はマスクをしている女の人が好きなんだよ」
「また…… いったいどういう趣味ですか? それ」
「違うよ、そういうことじゃないよ。マスクをしてるとさ、なんか目元が涼しげに見えて、女の人が綺麗に見えると思わないか?」
「ああ、そういうことですか。まあ、確かに」
「だから早く冬にならないかなと思ってるんだよ。この国は冬になると、みんなマスクをするからな」
「海外の人から見ると異様な光景らしいですね。みんなマスクをして、街中を歩いてる」
「たまに不思議なのはさ、クルマの中で、ひとりで運転してるのにマスクしてるやつがいるだろ? あれは何なんだろう?」
「交通機動隊がクルマの中でヘルメットかぶってるのと一緒ですかね?」
「それはちょっと違うだろ」
 男たちは、トンネルの補修工事をする作業員だった。安全のため黄色のヘルメットをかぶり、粉塵防止のためマスクをして作業している。
「どうだ? そろそろ外の空気吸わないか?」
「すいません、この部分が終ってからに。あ、今のは駄洒落じゃないです」
「そうか、俺はもう眠くてひとやすみしたいよ。全くすいまが襲って、」
「すいません。終りました。出ましょう」
「あ、ああ」
 二人はトンネルの外に出、マスクを外して綺麗な空気を思いっきり吸った。いや、そこそこ綺麗な空気を思いっきり吸った。秋に変わり始めた青空は綺麗で、ヘルメットを外し汗ばんだ二人の頭に、涼しげなそよ風が当たっている。
 二人は近くの芝生に腰を下ろすと、セブンスターを深々と吸いつけた。
「やっぱり綺麗な空気の中で吸うタバコはうまいな。なあおい。ええ?」
「世話ない、って感じもしますけどね」
「バカ言え。俺なんて喫煙室でなんてタバコは吸わないよ。あそこは空気が悪いからな」
「たしかにそうですね」
「都会に行けば店も路上も全部禁煙だ。喫煙室でも吸わない。家じゃあおふくろが喉悪いからって、庭で吸ってんだ」
「先輩そういうところもあるんですね」
「そうだよ。おかげで今じゃあ一日に二箱くらいしか…… おい、あの女見てみろよ」
「ん? ああ、綺麗な人ですね。綺麗かな? かわいい人」
 二十代後半くらいの背の低い女の子が、向こうから二人のほうへ歩いてきていた。髪は少しオレンジがかった明るい茶色で肩にかからないくらいのボブ。作られた前髪は少し長めでクールな感じ。色がとても白く頬はほんのりとピンク色だ。全体的に和風な顔立ちでシュッとしているが、やや切れ長の目はくりくりとしている印象もあって、綺麗ともかわいいとも言える女の子だ。女の子は熱心に歩き、二人の前を通過して、向こう側へ歩いていった。
「あーあの女にマスクをつけてみてえ。ピンクとか水色じゃだめな。白のマスクだ」
「やっぱり変な趣味なんじゃないですか……」
「ああいう色の白い、目元の涼やかな女に白のマスクをつけてだな。マスクの上から鼻の形をなぞったり。唇をふにふにしたり……」
「変態ですね」
 二人はタバコを吸い終わるとマスクをつけ、ヘルメットを着用し、再びトンネルのなかへ戻って行った。
 女は、少し離れた場所から、二人がトンネル内に戻って行くのを確認した。二人の姿が完全にトンネル内に消えると、バッグから白のマスクを取り出し、鼻まですっぽり覆うように着用した。
 向こうから背の高い別の女が、白のマスクをしてやってくる。ふたりはすれ違うとき、軽くジャンプして、ハイタッチを交わす。いや、軽くジャンプをしたのは背が低いほうの女だけだ。その動作のあいだに、短く鋭く言葉を交わす。
「何人集まった?」
「四百三十九人」
「わたしは最後尾に」
「わたしはこのまま先頭で」
 白のマスクをつけた女たちが、どこからともなく続々と集まってくる。背の低い女は、他の女たちと次々にハイタッチを交わし、集団の最後尾につく。背の高い女が率いるマスクをした四百三十九名の女たちは、熱心な歩き方で、一斉にトンネルに向かった。