ここはどこ あたし よ たれ

 あなたは立ちくらみから回復した瞬間、どこか違う世界にやってきたような、あるいはどこか違う世界から帰ってきたような、そんな感覚がしませんか? 実はそれ、正しい感覚なのです。私たちは立ちくらみを起こすたびに、違う世界に、もうひとりの自分を誕生させているのです。
 その違う世界がどういうものか説明をしましょう。立ちくらむたびにもう一人のあなたが誕生しているその世界は、基本的に全て、あなたが元々いる世界と同じです。宇宙も銀河系も、太陽系も地球も、世界も国も、社会も歴史も、家族も記憶も、そしてあなた自身も、全て同じの世界です。
 あなたは立ちくらみから回復すると、いくぶん「おー……」なんて浄化を感じつつ、ごく普通に人間としての活動を再開させるでしょう。そしてもうひとつの世界でも「おー……」という浄化を感じたあなたが、その世界でごく普通に暮らしはじめるのです。
 私たち人間は、みんなそうです。次々と新しい世界に自分を誕生させ、それぞれの世界で自分は生きているんです。そうですね、あなたがだいたい一ヶ月に一回立ちくらみになるかならないかだとすると、一年ではだいたい十回くらいになります。ということはつまり、一年に十体くらい、あなたは違う世界でも誕生しているのです。もう一度言いますが、みんなそうです。
 ここであなたには、疑問が生まれているかもしれません。「じゃあ今、この文章を読んでいる私は、どの世界の自分なんだ?」と。元の世界にいる自分なのか、新しい世界に誕生した自分なのか、それとも、新しい世界で立ちくらみを起こしさらに新しい世界に誕生した自分なのか、いやいや、新しい世界で立ちくらみを起こしさらに新しい世界に誕生した自分が起こした立ちくらみで元の世界に戻ったのか。
 それは私にもわかりません。何しろこれを書いている私だって、自分がどの世界にいるのかわからないのですから。ただし、一番最初にも書きましたけども、立ちくらみから回復するとき、その時々によって、二つの異なる感覚があるのは確かです。「どこか違う世界にやってきたような」感覚と、「どこか違う世界から帰ってきたような」感覚。
 ここまで書いて、実は私、トイレに立ちました。そして立ちくらみを起こしました。その立ちくらみから回復するとき私が感じたのは、「どこか違う世界から帰ってきたような感覚」でした。だからこの世界は、私が元々いた世界である可能性が高く、今これを読んでいるあなたも、元々の世界にいる可能性が高いと考えられます。
 ほら、なんとなくそんな気がしませんか。ここは我々が元々いた世界。自分が誕生した他の世界が、実は他にもたくさんある。その世界だって、虚の世界ではない、実の世界です。でも、ここが元々の世界なんですよ。あなたそんなに震えて、いったい何を無くしたっていうんですか、この世界から出て行ったあなたが、他の世界で何を無くしたのかなんて、私は知りませんよ。どうしてそんなにおびえているんですか、目の焦点が全然合ってないみたいだけど大丈夫ですか? ほらほら、そんなによだれをたらさないで。