幸せになってね

 雨もまた降って、外には用がない。
 むかし、“アメ”という名の犬を飼っていた。当時としてはわりと珍しかったミニチュアダックスフンドで、チョコレート色した犬だった。
 ある日、アメと河川敷を散歩していると、向こうからハンバーガー屋の紙袋を手に提げた若い女の子とすれ違った。二十代前半くらい。アメはいい匂いのする袋にキュンキュンと鳴きながらすり寄って行ったので、僕はあわててリードを引っ張った。
「かわいい子ですね」
 と女の子は言った。
「ありがとう。アメって言います。そこのハンバーガー、おいしいよね」
「ええ」
 本当においしいのだ。よくあるチェーン店ではなく、世界に一軒だけのハンバーガーショップ。僕はいつも、ヨーグルトチキン1ピースと、フィッシュバーガーかチーズバーガーを買った。
 女の子は僕たちと別れると、階段状になった堤防に座り、ハンバーガーを食べ始めた。浅く緩やかな水面では、賢そうな白鷺が足を水に浸して遠くを眺めていた。
 これが十年前のできごとだ。
 今ではハンバーガーショップはなくなり、代わりに古着屋ができている。優雅な河川敷は、市が運営する大駐車場に変わった。川面でたわむれる賢そうな白鷺の代わりに、駐車場のゴミ箱を漁る賢そうなカラスがいる。そして、アメはもういない。
 僕は毎日、この駐車場にクルマをとめている。そこから歩いて二分の駅から、電車に乗って仕事に行く。あの日ハンバーガーを頬張っていた素敵な女の子は今どうなったのかな。ねえ?
 カア、とカラスが鳴いた。