動く歩道

 私は犬。犬だけど、動く歩道にも乗る。九州福岡は北九州市小倉駅北口の動く歩道によく乗る。
 動く歩道の上では、本来ならばエスカレータと同じで、歩いてはいけない、ということだったと思う。歩きたいなら、両側に設置された動く歩道ではなく、真ん中の動かない歩道を歩かなければいけない。だけど、人々は皆、動く歩道の上を歩く。自分の力を使わなくても運んでくれる装置を、人々は自分の力にプラスを与えてくれる装置として、つまりは加速装置として捉えている。
 朝八時ごろの動く歩道では、特にその傾向が顕著だ。夜になると、少しゴーストタウンのような様相になる小倉駅北口だけど、日中は働く人も多い。だから朝晩は、動く歩道の上でちょっとしたデッドヒートが繰り広げられることが多い。真ん中に線があるわけではないけど、左側がのんびり歩線、右側が追い越し歩線。
 私は毎朝、八時半ごろ、一番デッドヒートの激しい時間帯に動く歩道に乗ってみる。私はその上を歩かない。左側でじっと立っている。お座りはしない。
 今日は、私の前で腰の曲がった小さなおばあさんが、じっと立っていた。勤め人たちは皆、おばあさんの右側を足早に通り過ぎていく。腰の曲がったおばあさんにぶつからないよう、体を横にしてすり抜けていく人もいれば、少々ぶつかっても構わないといったふうに、そのまま正面を向いて右側を追い越して行く人もいる。
 動く歩道の終わりは、三方向に分かれている。右側へ行くのが仕事に行く人。左側へ行くのが病院に行く人。右側には企業がいくつか集まった大きなビルがあり、左側には大きな総合病院があるのだ。
 おばあさんは、左側に向かった。私はおばあさんに続いて、動く歩道を降りた。
「あんたはどこに行くんだい? あっち? それともこっち?」
 おばあさんは振り向いて、私に言った。私が何も言わずに黙っていると、こう続けた。
「犬の年齢なんてのは、わからないねえ。あんたが働く世代なのか、体を悪くした年寄りなのか、ちっともわからないよ」
 そう言うと、おばあさんはそろそろとした足取りで、病院へと続く歩道を歩いて行った。私は、ここから病院までの間だけに動く歩道があればいいのに、と思った。
 私は右でも左でもない、真っ直ぐ前に向かう。真っ直ぐ行った先には、規模はかなり小さいけど、形としてはニューヨークのセントラルパークのような公園があるのだ。昼休みには勤め人のような人たちがぐるりをウオーキングしていたりするし、日が暮れてくると、スケートボードを持った若者もやってきたりする。
 私はその公園で日中を過ごす。遙か先には、錆びついた工場群が見える。古びているけど、まだまだ現役の建物だ。自分が現役なのかどうか、わからなくなる。少し飛び跳ねながら、公園へと続く階段を降りた。