ものすごくはね

 最近自転車に乗ることはないのだけど、自転車を持っている。クルマに積んでいけるよう折りたたみの自転車だ。この自転車を通販で買ったときは、これをクルマに積んでどこへでも行き、行った先で気ままに自転車に乗って遊ぶのだ、というようなことを考えていたように思う。
 そのような遊びにハマらなかった原因はいくつかあると思うけど、結果的に今その折りたたみ自転車は、僕のメインの部屋の横、廊下の部屋にたたずんでいる。錆び付かないように屋内に置いている。
 このあいだ、久しぶりに自転車に乗ってみようと思い、部屋から庭に自転車を下ろしてみた。そうしたら、スタンドで自立できないほどタイヤの空気が減っていた。タイヤがぺちゃんこになっていて、スタンドで立てても危うい拮抗。
 うちの庭の倉庫には色々なものが父の裁量で揃えられていて、当然空気入れもある。僕は倉庫から空気入れを取り出し、自転車のタイヤに空気を入れようとした。だけど、シューシューと音がするだけで、タイヤには一向に張りが出てこない。
 一度空気が出るところを外し、手をかざして取っ手を押してみると、空気は勢いよくシューシューと出ている。もう一度タイヤに取り付けて取っ手を押してみたけど、やはりシューシューと音がするだけで、相変わらずタイヤはぺちゃんこのままだ。
 次の日くらい、ちょうど庭でトレーニング中の親父と居合わせたので、「空気入れ、壊れてない?」と聞いてみた。
「壊れてはないよ。ただ、一輪車に空気入れるときものすごく頑張らないといけない。音は勢いよくシューシュー言ってるんだけどね」
 と言っていた。
 それは壊れてるんだよ、と僕は思ったけど、壊れた空気入れでも、ものすごく頑張れば大丈夫というのが父の考え方のようだ。ものすごく頑張らない僕は、昨日の楽しい集まりに参加する前に、ホームセンターに寄って新しい空気入れを買った。ブリヂストンの高い空気入れがあり、気質的にそういうモノを買いたくなる僕だけど、滅多に乗らない自転車に空気入れるだけだよなと思い直し、得意げに「日本製」と書かれている900円くらいの空気入れを買った。
 今日、クルマの灰皿やゴミなどを片付けようと外に出たとき、ちょうど父が一輪車のタイヤをチェックしていたので、僕は空気入れを買ったことを思い出した。先日買ったまま、クルマのトランクに入れっぱなしだった。そういや空気入れ買ったよと言い、クルマに取りに行った。
「どうかね? もうタイヤがおかしいかもしれんな」
 と親父が言う横で、僕は一輪車のタイヤに空気入れを装着し、取っ手を10回、20回くらい押した。ものすごく頑張らなくても、タイヤはパンパンになった。
 空気入れの値段を聞く父の横で、「1000円だよ」と言いながら、僕は折りたたみ自転車に空気を入れた。パンパンになったタイヤのおかげできちんと傾いて自立する自転車のスタンドを足で蹴り上げ、僕は久しぶりに自転車に乗った。銀行まで行き、月一の恒例行事、通帳記帳を終えたあと適当に近所を走った。年末まで、ものすごくは頑張らなくてもいい。