ビア!ビア!ビア!

 昨日はビアガーデンでビールをたくさん飲んだ。ビアガーデンにたどり着く前に、散々歩き回ったので、飲み始めたときにはすでに疲れていた。おかげでぐっすり寝られた。
 仕事が休みの今日、午前九時すぎくらいに起きてキッチンに行くと、母が「ビールがなくなった。わたしはスーパードライでいいよ」と言う。はいはいビールね。だいたい月に一度のビール箱買いの買い出し日ね。というわけで、クルマでビールの買い出しに出かける。プレモルの箱も買うか、そうだ、選挙(期日前投票)にも行こう。昼ごはんにラーメンも食べて帰ろう。
 ビールを買う店、不在者投票をするところ、目的のラーメン屋、すべて家から南にある。家の隣の駐車場からクルマを出して、国道を南下するときは、案外苦労をする。駐車場からは私道のようなところに出るわけだけど、国道と交差している私道の終わり寸前に出る。私道に出てすぐ右側が国道で、南に下る場合、反対車線に、ほぼUターンをするような形で国道に入って行かなければいけない。
 もうだいぶ慣れたけど、交通量の多い時間帯には、やはりなかなか国道に入れないことが多い。今日はどうかな、土曜日の昼間だしな、土曜の昼間ってどうなの、と思いつつ駐車場内でクルマの向きを変えていると、押しボタン式信号の横断歩道の前で、ひとりのおじさんがちょっとうろうろしながら、こちらの様子を伺っていた。なんだろう? って不思議に思ったけどすぐわかった。あのおじさんは、もし僕が国道の方向にクルマを出すなら、と思って、歩行者用信号の押しボタンを押すのを待ってくれているのだ。
 僕は駐車場から私道にクルマを出す。そのタイミングでおじさんはボタンを押してくれ、全開で右ハンドルを切ったクルマの鼻っ面が国道方向を向くタイミングで、歩行者用の信号が青になった。僕はいちおう右側から走ってくるクルマが減速しているのを確かめ、おじさんに会釈しながら国道に入り込んだ。
 あのおじさんは、福岡に帰ってきてからずっと、ちょくちょく見かける。年は六十代だと思われるけど、仕事を(少なくとも勤め人を)している感じではない。見かけるのは、土日祝平日を問わず昼間で、朝や夜遅くには見かけない。見かけるのは主に駅周辺と僕の家の近く。だから、まあまあ近所に住んでいて、毎日電車でどこかに出かけている人だ。
 うちの両親はなんとなくあのおじさんのことを知っているようで、いつか「毎日電車に乗ってパチンコしに行ってる何々さん」と言っていた。あまり愛想のいい人ではないらしく、田舎人(いなかびと)にしては、ご近所さんとすれ違っても会釈をする感じではなく、僕と道ですれ違っても、特に挨拶は交わさない。そんなおじさんに、今日突然よい感じで気遣われたわけだけど、こういうのって僕が覚えていないだけで、実は子どものころにずいぶんと構ってくれた人、ってパターンがよくある。
 僕が住んでいるところは田舎なので、まだ日本の伝統的な近所付き合いは残っているんだけど、人の出入りが完全に近隣住民のあいだで把握されているほどの田舎ではない。なので、若者が東京あたりから実家に帰ってきても、近所のおいちゃんおばちゃんに発見されるのが数年後で、「うわー○○ちゃん帰って来とったんね!」という感じになることもある。
 数年前、祖母が亡くなったとき、そういうのばっかりだった。ちょっと遠目のご近所さんから、ちょっと遠い血筋の親戚さんまで、僕が全然知らない(覚えていない)人たちが、「久しぶりやねー」とか「覚えとー?」とか「お父さんに似てきたねえ!」とか「お母さんに似とったのにねぇ……」とか言ってきた。そして僕が覚えていない、僕と関わった(かまった)話が続く。僕は「へえー」である。ああでも、六十歳くらいのわりと上品な女の人(遠い親戚)が、「わあー立派になったねえ。最後に会ったのはあんたが高校生のときやったかねえ。うちの娘たちもあんたに会いたいって言いよったよおー」って言われたときは、(娘ってどんなん?)(娘“たち”って?)とちょっと思った。
 というわけで、タバコをふかしクルマを走らせながら、あの無愛想でパチンコ好きなおじさんも、僕が小さなころにかまってくれた人なのかもしれないなと思ったのものである。
 おじさん、よくわかりませんが、僕はひとりでクルマを運転し、ビールを箱買いし、投票用紙に『○○ ○○君』と書くようになりました。ちなみにパチンコはとっくの昔に卒業しました。