お元気ですか

 十年も前に自分が書いた文章をふと読み返してみると、当時のことが思い出され、あたたかいため息が出る。なんでしょうこの感情。ため息であることには間違いないんだけど、あたたかい。あの日に戻りたいような、戻りたくないような。
 昔出会った人たち、僕なんかのことはもう、記憶の片隅に追いやられているんでしょうね。僕も、あなたたちのことなんか、記憶の片隅にこびりついている程度です。けれども時々、何かの拍子に頭に浮かんで、そのときの自分の気持ちを思い出して、なんとなくため息が出る。でも案外、あなたたちの顔やそのときの表情は、細かく思い出すことができません。確かに忘れてしまった。覚えているのは気持ちだけ。
 ここ二、三年の、まだまだ新しいこびりつきでは、あなたたちの表情を鮮烈に思い出すことができる。マージャン牌を前にしてずいぶんと長考するヤツの姿や、期待と緊張の入り交じった面持ちのオレンジ色のほっぺたや、くっつけようとする足や丸まった背中、クールな瞳に一瞬にして涙があふれたこと。いつか忘れてしまうのだろうけど、時間がかかるよ。忘れたくない気持ちはするけど、忘れてもいいし。まだまだたくさんあるから。