「M」

 クルマの免許が交付されたのが一年前の今日、10月28日。よって今日が、法令的に初心者マークをつけて走らなければいけない最後の日だ。実際にクルマに乗り始めたのは、去年の11月9日だけど。
 今日はクルマに乗る用事も、乗る気もなかったんだけど、夕刻、なんとなく乗ろうと思って、クルマをとめている家の隣の空き地へ向かった。運転席に乗り込んでタバコに火をつけ、カーステレオに「M」とマジックで書いた自分焼のCO-ROMを挿入する。
 しばらく音楽を聴いて家に戻るつもりだったけど、なんだか色んなことが許せるような気がして、色んな助けを得られるような気がして、エンジンをかけた。僕はジャージにサンダルだったけど。
 北へ向かう。心臓は波打ち、手足が震えた。でも誰も見ていない。震えるだけ震えればいい。そう思った。ゆっくりと走るトラックが30メートルほど前方にいて、後ろにはどんな人たちもついてきていなかった。誰もついてくるな。ついてくるなよ。
 15分ほど走ってコンビニに着く。バックミラーで確認してみると髪がボサボサで、どうにもまとならなかった。だから全部後ろにかきあげて、オールバックにする。ジャージ、サンダル、オールバック。
 骨なしフライドチキンとコーヒーを買ってクルマに戻る。道をUターンして帰路へ。僕が初めてひとりでクルマを運転したとき、このコースだった。あのときは夜だったけど。朝を待つ夜だったけど。
 4曲目、5曲目、6曲目と、15曲入りの「M」は曲を流し続ける。今は気に入らない曲の途中で、家に帰り着きそうな気配だった。曲を飛ばそうかとも思ったけどそのままにした。2年前はあの曲が大好きだったんだ。
 トンネル内で遅いトラックと車線変更の駆け引きをしているとき、この1年を受け入れた。いや、出発前に音楽を聴いているときから、受け入れられていた。僕は30分間の、確認の旅に出ていた。
 空き地にクルマを入れ、1曲目を再びかける。そう、あくまでも、ね。