ゴンベの奇妙な癖

「どうも左側によれていくな…」と僕は不思議に思うのだった。
 飼い犬のゴンベが左へよれるようになったのは、一週間ほど前からのことだ。散歩に連れて行くと、どうしても左へよれる。
「おいゴンベ。おまえどうかしちゃったのかい?」
 声をかけると、ゴンベは首をかしげた、のではなく、頭の重心までも左へ移したのだった。
「一度お医者さんに診てもらおうか?」
 母がそう言ったので、僕はその日、ゴンベを近所の動物病院まで連れて行った。診療所に着いて、僕はゴンベのことを一通り説明した。
「どうも左によれちゃうんです」
「なるほど」と獣医さん。
「じゃあ、ええと、とりあえず外を散歩してみますので、ちょっと見てもらえますか?」
 僕はそう言って、獣医さんを外に連れ出した。
「さ、ゴンベ、歩くよ」
 歩き出すと、ゴンベは途端に左へよれはじめる。獣医さんはしばらくの間観察し、こう言った。
「あーこれはあれですね。猫になりたがってます」
「はあ?」
「猫になりたがってます」
「……。ゴンベ、お前は猫になりたいのかい?」
「ワンワン!」
「左によれてると猫になれるのかい?」
「バウワウ!」
 よくわからないけれど、ゴンベが猫になりたいのなら仕方がない。僕はそれからも、毎日ゴンベを散歩に連れて行った。左へよれるゴンベにがんばれと声をかけた。
 ある日散歩に連れて行こうと庭に下りると、ゴンベはお隣の三毛猫ミーちゃんに顔をひっかかれていた。僕が近寄るとミーちゃんはすばやく逃げていき、コンベはなんだかしょんぼりとしていた。
「さ、ゴンベ、散歩に行くよ」
 その日のゴンベは猛烈に熱心だった。常に重心を左足にかけ、一歩一歩確実に左へよれて行った。綱がぐいぐい左に引っぱられた。「猫に、ねえ……」
 左へよれるようになって一ヶ月ほど経ったころ、ゴンベに変化が訪れた。ある日散歩に連れて行くと、ゴンベは堂々と胸を張り、真っ直ぐに歩いた。
「ゴンベ、また真っ直ぐに歩くようになったよ」と母に報告。
「あらそう、よかったわね」と母。
 夕方、家の中からゴンベの小屋をこっそり覗いてみる。ゴンベとミーちゃんは仲良く寄り添い、ぐっすりと眠っていた。