蝶のこと

 夕飯前、庭に降りてタバコを吸っていると、一匹の蝶が狂ったように飛んでいた。最初は楽しくてしょうがないという飛びかたに思えたのだが、あれは狂ったように飛んでいるのだと思いなおした。もうすぐ七月、蝶が楽しさを感じられる季節ではないような気がした。
 ふと目を離した隙に、蝶は地面に落ちていた。タバコの残り二分の一を吸いながら、庭を見わたす。祖母や母が花などを植えるために頻繁に掘り返す場所と、松の木の下など誰も手を触れない場所がある。僕はその松の下に蝶を埋めてやろうと思いながら、タバコを根元まで吸った。だがぎりぎりまで吸いつけても、地面に落ちた蝶は微妙にプルプルと震えていた。動かなくなったら埋めよう。いやどうせダメだろうから、もう埋めてしまおうかという雑な考えも。
 夕食後、再びタバコを吸いに庭に下りる。すでに蝶のことは忘れていた。だがタバコに火をつけたところで、地面に落ちている蝶が目に入った。やはりピクピクと動いていたが、さきほどとは違う。何匹かのアリが蝶を取り囲み、どこかに運ぼうとしてピクピク動いていた。うかつに埋めなくてよかった。