溶けない氷

「過去に売ってしまったもの」のことを思い出して、少し切ない気分になることがある。色々な理由があって売ってしまったもの。損得を考えて売ってしまったもの。「むかし僕はあれを持っていたのに」もっと踏み込むと、「むかしあれは、僕のものとして手元にあったのに」というような思い。
 今の僕は、ものを売ることがほとんどない。損得で考えて、売ったほうがいいなと思うようなものでも、ほぼ売らない。売って、そのものが僕の視界から消え、お金に変わり、そのお金がなくなってしまうことに、何かを感じるようだ。
 子どものころ、冷たい麦茶に浮かんだ、溶けていく氷を見るのが悲しかった。そんな気持ちが、今も心の中に残っているような気がする。さらにその深淵、なぜ子どものころ、溶けていく氷が悲しかったのか。それはもう丸っきりわからない。
 言えることはひとつ。今でも氷が溶けていくのは悲しい。ウイスキーのロックで溶けていく氷を見ると、早く飲まなきゃと思う。酒が薄まっていくからね。