朝晩めっきり涼しい。昼間はまだ案外暑い。
 
 今日は親父が「髪を切りに行く」と言って出かけていった。電車で三十分の街までだ。あんたが住んでるとこはそんなに田舎なの? とびっくりしている人もいるかもしれないが、いくらなんでも床屋ぐらい近所にある。美容室もふつうにある。
 親父が遠くまで髪を切りに行くのは、「安いから」だそうだ。うちの近所の理容室はシャンプーやら顔ゾリやら込みで三千円ほどの金を取る。親父が行くのは、インターンの人が切ってくれるような千円台のところ。
 結局電車賃はかかるわけだし、カットだけになるんだから、遠くまで切りに行くわりには得してないぞと僕は思うのだけど、親父は必ず遠くまで切りに行く。だから僕はいつも、ふと思う。
「もしかしておぬし、家族に内緒で、植えとるのか?」
 よく知らないが、植えとる人はふつうの店では髪を切られないらしい。ちゃんと植えとる人用の理髪店があるのだ。
 夕飯の食卓で「いい日本酒も買ってきた」と言い、早速それをうれしそうに飲んでいた親父だが、僕の視線は生え際に釘付けであった。まあ冗談ですが。