風景

 そこに、犬と猫がいる。どちらも僕の家を拠点にしているが、その生活半径は微妙にずれている。犬は我が家の飼い犬であり、だいたいは家の中で暮らしている。猫は野良猫であり、だいたいは屋根の上で暮らしている。
 少しずれている二匹だけど犬は外に散歩をしに行くことがあるし、猫だって屋根から下りてうろつくことがある。だから二匹は時々会話をする。二匹は特に嫌い合っているわけでも、好きあっているわけでもない。ただやはり犬と猫だから、話をするときはお互い少しの緊張感を持ち、場合によっては自分が犬であること猫であることを誇ったりする。


 最初に声をかけたのは犬のほうだった。
「やあ、あけましておめでとう」
「おめでとう、よろしくね」
 と猫もにこやかに答える。犬は言う。
「年末年始は幸せでしたよ。家の人におせち料理のおすそ分けをもらいましてね、ストーブのある部屋でぬくぬくと過ごしました。あのハム、おいしかったな。家の人たちに感謝しなければね」
 猫も負けてはいない。
「そうですか。あたし元旦に屋根から下りてみたら、玄関のところにあたし用の魚の干物が置いてあったのですよ。あたし野良だからふだんは家の人に食べ物をもらったりしないんだけど、あの干物はおいしかったわ。この家の人たちって、やっぱりあたしのことが好きなのね」
「そうですか。それはよかったよかった」
 犬はそう言って、家の中に戻った。ストーブの近くに落ち着きながら「全く猫ってやつは」と少し思う。猫は再び屋根の上にあがり、クールに景色を眺めている。


 そんな猫の隣に、それほど高くない上空から真っ黒なカラスが下りてくる。
「やあやあ猫さん、あけましておめでとう」
「おめでとう。最近調子はどう?」
「どうもいけませんや。このへん、年末年始はゴミ収集がストップするでしょう? わたしら年末年始は毎年メシ抜きですよ。もう腹が減って腹が減って」
「あらまあ。あたしなんて元旦は魚の干物を食べたのよ」
「うらやましいですなあ」
「でも、もう少しの辛抱よ。正月が終わったら、豪華なおせちのゴミ袋がたくさんでるからね」
「わたしらもそれを期待して我慢してるんでさあ」


 一方家の中。四日目に突入したおせち料理に、さすがに僕は飽き飽きしていた。
「今日の晩ごはんなに? もうおせちには飽きちゃったよ」
 キッチンに立つ母が答える。
「まあまあ、おせちは今日で終わりよ。それに今日は、お正月最後のご馳走よ」
 リビングからばあさんがよぼよぼと歩いてきて言う。
「明日は久しぶりのゴミ出し日だねえ。どの家も生ゴミが多そうだねえ」
 母が答える。
「おばあちゃん、うちは少ないですよ。だってわんこちゃんがいるから」
 母はおせちの残り物を犬のごはんにする予定らしい。犬は微妙な顔をしている。
「ボクだけまだまだおせちか……」


 再び屋根の上。猫とカラス。カラスが思い出したかのように言う。
「そういやわたしらが踏んづけてるこの家、犬なんて畜生を飼ってましたな」
「そうなのよ。だからこの家からはおせちの残りはほとんどでないわよ」
 カラスは苦りきった顔でいう。
「犬ってやつぁどうもがめつくていけません」
「まあまあ、この家の犬はなかなかいい子よ。それに彼はきっと、もう飽きてるのにおせちを食べさせられ続けるのよ。わんわんって尻尾振りながらね」
「ほほう。なるほど」
 カラスは猫の言うことに感心している。
「どんな動物でも、それなりに苦労があるんですなあ」
「そういうことよね」
「じゃああっしはこのへんで。腹が減って食うものがないときは、早く寝るに限りますからな」
「ご愁傷様。おやすみなさい」
 猫は、からすが飛び立っていった西の空を眺める。太陽が沈みかけ、空はオレンジ色だ。
「さて、あたしはそろそろ晩ごはんにしますかね。今ごろ下では大慌てだわ」
 猫はそんなこと思い、くすっと笑う。
 僕たち家族は確かに大慌てだった。なぜなら正月最後のごちそうである天然の真鯛が、忽然と姿を消していたからだ。